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被害者に同一化しない努力

とあるサイトでアメリカのテロに関するさまざまな意見交換を読んだ。
だいたいが、反戦派と報復賛同派に分かれているのだけど、賛同派の意見で、「みんな報復反対と言っているが、遺族の前でそれをいえるのか、私は言えない」
と言うのがあった。
いや、確かに言えないかもしれんが、それはちと間違っているのではないのか。
犯人を追う刑事だって、自分の関係する人間や身内が事件に関わっていたら普通
は担当をはずされるもんだ。
それってなぜか?冷静な判断ができないからだよ。
遺族や被害者の気持ちに同一化するほうが簡単かもしれない。
世情は同一化しない人のほうがおかしいみたいな風潮になってるかもしれない。
現に、アメリカでは反戦意見が非常に言いづらい状況らしい。「愛国心がない」
とか言われて非難されるのだそうだ。
まるで、戦争に反対したら「非国民!!」とか言われて非難された戦中の日本み
たいだよね。
アメリカの気持ちが少しわかった一瞬があった。
アフガンの北部同盟の指導者、マスードが亡くなったと聞かされたときだ。
ずいぶん昔にドキュメントテレビで彼を知り、彼の活動や彼の思想を尊敬してき
た私にとって、たいへん不謹慎かもしれないが、テロで数千の死者が出たときよりも衝撃を受けた。
殺したのは絶対タリバーンだ。その後ろにはきっとラディン氏もいることだろう。
私はこの両者にすごい憎しみを覚えた。
で、それが今のアメリカの気持ちそのままだって気がついた。
きっと私よりもずっとずっと強い憎しみだろう。
「報復」なんて名前だけど、アメリカの世論調査で、「たとえ何千の一般市民が巻き添えになろうと報復をすべき」という意見が6割
を占めている現実では、それは報復ではなく、「復讐」だ。
国家が総力をあげて「復讐」しようとしている。
ハムラビ法典みたいに「目には目を」で。
それって、やっぱり私にはなっとくが行かない。
キレて喧嘩相手を刺そうしてる若者みたいに見える。
そんなのに感情を同一化させるなんてできないし、しないように努力すべきじゃ
ないかと思う。
死者を悼む気持ちと死者に同一化するのは同じじゃないと思うから。

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