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生を受ける理由

今年は世界の憎しみばかりが目立つ年だった。
9月のテロに始まって、現在のアフガニスタン情勢、そしてイスラエルとパレス
チナの絶望的な状況。
「人間って、こんなに増えるように設定されてないんじゃないか」と感じている
私が、また、コドモを身ごもった。
憎しみばかりのこの世界にコドモを産み落とすと言うのはどうだろう。
いつかどこかで、「こんなヒドイ世の中にコドモを生むのは子供を不幸にするだけなので私は妊娠
するつもりはありません」と言ってる人がいた。
アタシはその人に反論できない。
ただ、梨彩のときもそうだったけど、コドモは生まれたいから自分の体に宿った
のだという信念を貫くしかない。
どんどん不安になっていく世の中だけどいつの時代だって子供は希望の灯火だっ
た。
そう思っておなかのコドモが大きくなって生まれてくるのを待ちたい。
仮に生まれてきた子供が一日だけしか生きられない宿命でも、「こんなことなら生まないほうがよかった」なんて親が思ってしまったら子供の
気持ちはどうなるのだ。
それと似たもののような気がしている。

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