相方(ツマやオット、彼女や彼氏)は、お互いに「鏡同士」である、と何かで読んだことがあります。
自分が相方と向き合った際にイヤなことがあったとき、「あいつはいやなやつだ」と思ったら、大抵は相手もいやなやつだと思っていると言うことです。
相手が正しくても、正しくなくても、自分が悪くても悪くなくても、「快、不快」のベクトルは同じ向き、同じ量なのだと。
それを上手く捌けるかどうかがパートナーシップの妙技なのだと読んだのを覚えています。
100%当たっていなくても、まあ、大方はそれに当てはまる事例が多いのだろうと予測できます。
少なくとも、相手と自分を両方見られる「目」を持っていれば少なからずわかることだと。
恋愛中で「盲目」状態だと文字通りそれを見ることができなくて、カラ回り、最後にはハメツと、そういう場合も多々あるかと(耳が痛いが…)
関係というのは、「正誤」「明暗」など、ハッキリ白黒つけて完結させることが難しいです。
そうであるべきというか、そうであればいいとは思いながら、いつも、どこか曖昧です。
二人ともがそういう領域を持っていればそこらへんの譲歩がお互いにできるのでまだマシだとは思いますが、片方が「自分は明暗ハッキリ分かれているんだ」という人間だと、もう片方がなかなか大変かなと思います。
本来、相手も担うはずのグレーな部分のストレスを全部背負わなければならないからです。
肉親、血のつながった関係だと、そういったストレスを感じにくいのである意味ラクで、ある意味他人よりもタチが悪いわけです。
が、片方が明らかにいつも「バカでまぬけ」な場合、もう片方はどうすればいいんでしょうね?
それこそ、相手が賢くなるのを待つか、別れるか、諦めるかの三択になるのでしょうが、いずれにしてもソンな役回りをさせられそうですね(^_^;;;
昔、いつも喧嘩ばかりしている両親を見て、「なぜ一緒にいられるのだろう」と素朴な疑問を持ったことがあります。
「血のつながった者同士ならともかく、もとは他人同士なんだから」と、かなりフシギでした。
誤解のないよう言うけれど、「別れて欲しかった」わけではありません(^_^;
喧嘩を繰り返す二人をみてただただ、不思議だったのです。
「自分ならとっくに別れてる」と思ったのです。
もちろん、私と同じ結論に至って、実際に別れてしまった夫婦はものすごくたくさんあるとは思いますが、少なくとも私の両親は別れたりせずに現在に至っているわけです。
結婚してみて、ほんの少しだけ、その「なぜ?」を味わうことができました。
そして、ちょっとだけ(笑)、両親を尊敬しました。
連れ添うって、厳しいものですね。
正負の感情と言うのはいつも同じだけあると考える私ですが、連れ添うと言うのはまさに、ソレだと思うこの頃です。
夫婦という形式に至らなくても、そういった「男女の妙」というのはありますが、やはり、「夫婦」というのは一種独特な気がします。
(そういったモノから解き放たれてる御仁もいますが、それは置いといて(笑))
年取って連れ添っている老夫婦のすべてがいい関係ではないと思うけれど、そういう姿を見かけると注意深く観察するようになりました。

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