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さようなら、さようなら

七夕の夜、実家で最後の一匹になっていた老猫が逝きました。
小学校中学年くらいに生まれた猫ですから、もう二十歳くらいだったでしょうか。
一時期、14匹ほどの猫がいて、「猫屋敷」状態だった実家。
老猫タマミは、背中に三つ丸い玉が(くし団子みたいに)並んだ、特徴のある毛模様の猫でした。
母性が強くて熱心に子育てをする猫で、でも猫嫌い(笑)
甘えん坊で人懐っこい、そして晩年のギリギリまで「老けない猫」でした。


猫って、老けると眉あたりの毛が薄くなるんですよ。
毛並みもバサついてくるし。
彼女はそれがぜんぜんなかった。
今年の春くらいからですか、毛並みがすこしバサついてきて、「あぁ、やっぱりこの猫も老いるのだな・・・」と寂しくなったのは。
ここ数日は、食べ物が食べられなくなって、栄養剤をストローで飲ませていたそうです。
これだけ長生きしたのだから、悲しまずに見送ってあげたい・・・けれど。
やっぱり今、実家を出て別の家庭に暮らしてるとはいえ、長いこと連れ添った相手です。
年数から行ったらぜんぜんオットと過ごした年数より長いんですよ。
じわじわ悲しいですよ。
一昨日、お墓に入る前にタマミに会いたいと思って実家に行ってきました。
久しぶりに、慣れ親しんだ猫の遺骸に触れました。
すでに一昼夜経っている彼女の体はすっかり硬く凍えていて、つむった目蓋は落ち窪んでいました。
軽くて、柔らかくて、暖かかった彼女を思い出して泣きました。
「長い間、ありがとう」という言葉が口をついてでました。
「いまの悲しみは、あのときの幸福の一部」
この言葉、かみ締めています。
そう思えること自体が、幸せだと思うから。

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  1. 2003 年 7 月 11 日 21:25 | #1

    The joy we experience now is part of the pain we experience later.
    What I’m trying to say is that the pain, then, is part of the happiness now.

  2. ありさ
    2003 年 7 月 12 日 21:30 | #2

    高校時代からお邪魔してたので
    はるるんのうち=ネコ屋敷な印象が濃いのですが
    なんと明文化したら適切なのか。
    今の気持ちがうまく言えないけども。
    色々書いたり消したりしてしまってます(^^;;;)
    御冥福をお祈りいたします。

  3. はるか
    2003 年 7 月 16 日 15:16 | #3

    確かに、近所で有名な「ねこ屋敷」でした。
    我が家は喧嘩はハデだし、躾も厳しくバイオレンスだったので、のぞき趣味があるのか?と疑いたくなるほど、いつも窓から実家をのぞいていたお向かいのおばさんにはいつもネタを提供していたハズです(笑)
    タマミちゃんは、先日実家代々の動物たちの魂の眠る海辺の霊園に向かいました。
    いまごろはタマミの母猫とか自分の子供猫たちと再会してるんだろうなぁ。

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