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ANA北京国際マラソン

オリンピックを来年に控えた北京にて、2007 ANA北京国際マラソンを走ってきました。

中国路線は割引運賃が無いので、個人手配は諦め、今回はANAセールスの主催するマラソンツアーに参加しました。
ツアーゲストは、北海道マラソンで3回の優勝を誇る、千葉ちゃんこと、千葉真子さん。
ANAはこの大会の冠スポンサーとなって3回目ですし、このツアーが一番安心かなと思っての参加でしたが、いろいろ不満もありました。
お国柄仕方ないこともありますし、そういう部分を差し引いたとしても、ツアーの企画・運営そのものにはかなり不満が残りました。
千葉ちゃんの笑顔と人柄があったからこそ、かなり救われましたし、自分の結果も良かったので、いい印象で終わることができましたけれど。

今回は4日間コースに申し込みました。
金曜日に北京入りし、翌土曜日はオプションツアーにて万里の長城観光。
日曜日にレースで、レース後にこれまたオプションで足つぼマッサージ、その後ツアー参加者全員で千葉ちゃんを囲んでの完走パーティー。
最終日の月曜日は、午前中に故宮観光し、夕方に成田到着。
そのまま成田に泊まって、火曜日の午前中に札幌に戻るというもの。

宿は広安門近くの北京中環假日酒店(Holiday Inn Central Plaza Beijing)でした。
中心部からかなり離れてぽつんとあるホテルですが、ホテルそのものは非常に綺麗で、部屋も広く、サービスも充実しており、スタッフも大抵は英語が通じたため、滞在は非常に快適でした。
もっとも、僕はできる限り中国語でのコミュニケーションを試みました。
ニューヨークに行ったときもそうですが、そうしないといけないように事前に準備しておくのです。

たとえば、お金はトラベラーズ・チェックで持参し、現地で換金します。
事前に現地通貨に換えておくとか、現地のATMや自動両替機を使うなど、コミュニケーションしないでもいくらでも両替できちゃいますが、それじゃあつまらんですよね?

たとえば、現地から絵葉書を出す準備をしておきます。
絵葉書と切手を買って、航空便で送るのにも、どうしたってコミュニケーションが必要でしょ?
送る相手はあらかじめタックシールに住所など打ち出しておいて、現地ではシールと切手を貼って、一言書き添えるだけですが、不慣れな海外ではたったこれだけのことでもかなりのパワーを要します。

ホテルでの各種用事も、大抵は英語が通じるとわかっていて、こちらから話しかけるときは必ず中国語で。
もっとも、相手は笑顔を見せた後に、英語で返事してくれますがね(笑)

成田からパンダ柄のB767-300にて、北京へ。
北京に到着し、バスでホテルに移動。
翌朝は、天安門広場までジョギングする予定だったので、早々に床に就きました。

土曜日、5時半起床。
時差はマイナス1時間なので、日本の朝6時が、中国の朝5時です。
ごそごそ用意して、6時ごろに外に飛び出しました。
気温は札幌並みに低く、おそらく6~7℃でしょうか。
長袖Tシャツと、ロングタイツ、手袋で出かけましたが、陽が出るまでは随分寒かったです。

走ることが趣味って、こういうときにいいなと思いますね。
朝早起きして、外に出なければいけない理由がある。
自分の足で、肌で、その町の生の雰囲気を感じることができる。
Movieを撮ってきてあるので、観て下さい。

  

帰ってきてからBuffetスタイルの朝食を取り、万里の長城へ。
国家奥林匹克体育中心で建設中の「鳥巣」なども眺めたり、途中、トイレ休憩という名目で土産物屋に30分軟禁されたり、中国ツアーならではの素敵な段取りにため息をつきつつも、バスの中では終始爆睡。

ANA北京国際マラソンを中継するTBSのサイトには

今中国では来年の北京オリンピックに向け急ピッチで都市整備が進んでおり、今回のコースは、その完成したばかりのオリンピック公園の中を走り抜けるというとても魅力的なコースレイアウトになっています。

こんなことが書いてありましたが、オリンピック公園は全然完成してません。
おもいっきり工事現場の真っ只中というような状態でした。
コースレイアウトも全然魅力的じゃありません。
コースは直前に変更になり、同じところを3回も走るばかりか、不幸に追い討ちをかけるように、北京オリンピックコースは全然異なるものが発表になりましたしね。
さすがTBSだな…

相変わらず結構渋滞が酷かったらしいけど、寝てたんで、あっというまに万里の長城に着きました。
万里の長城では、帽子、絵葉書、写真集、スカーフなどの売り子がかなりしつこく付きまとい、かなり笑えました。
「帽子見た?1枚1,000円」と言いながら、いきなり帽子を被せてくるんですね。
しかもどんどんどん値引きしていって、最後には20枚1,000円にまでなる(爆笑)
何度追い払っても、しばらくするとまた近くに寄ってくる。
時々縄張り争いとかして、大声で怒鳴りあっている。
すごいパワーですよ。

ま、オプションツアーのことはさておき、この後帰りも渋滞して、大分遅い昼飯になったり、いろいろありましたが、夕方にはホテルに戻り、千葉ちゃんから明日のゼッケンを受け取りました。
直前のコース変更に伴い、スタート地点の情報が錯綜しており、一部のツアー参加者はかなりイライラしているような状態でしたが、千葉ちゃんの明るさと声の高さで、大分和みましたね。
参加賞のTシャツには、一枚一枚直筆で千葉ちゃんのサインがされており、150枚も大変だったろうなぁと。

配られたものについて、説明しときます。

・ホワイトチップ
シューズに取り付けて記録計測に用いるチャンピオンチップですが、一般に知られているのはイエローチップとブラックチップですね。
大会などではブラックチップが普通使われますけど、今回はホワイトチップでした。
このホワイトチップはレース後に返しません、お持ち帰りOKです。
僕は初めて見ましたが、ちゃんとチップ番号の紙も添えられており、登録すればイエローチップのように使えるのかも。
なお、ニューヨークのときは、イエローキャブが書いてあるイエローチップでした。
基本的には返却ですが、お持ち帰りもOKで、費用は後日参加費を引き落としたカードアカウントにチャージされました。
(僕はこの記念のチップを、SFO空港内で落として無くしましたが…)

・ストレージバッグ
青い巾着袋で、預け物用です。
ありえないくらいにめちゃめちゃ小さくて、ほとんど何も入りません。
僕は、ジャージ上下、ウィンドブレーカー上下、着替え用の下着、履き替え用シューズを無理やり詰め込みましたが、破裂しそうな状態でした。
ここに、小さなゼッケンを安全ピンで留めて預けます。
ついでにここで書いちゃいますが、ストレージエリアは指定されていませんでした。
番号がついたテントに、各自好きに預けます。
預けたときに、そのテントの番号が手書きで胸のゼッケンに記され、受け取りの時にはそのゼッケンと引き換えでした。
おそらく4~5時間の完走者の荷物受け取りは大混乱だったことでしょう…
信じられないほどの段取りの悪さです。
直前のコース変更により、スタートとゴールが同じになってよかったのかも。

・参加賞
なぜか、メダルが既に入っていました。
これは参加賞で、完走メダルは別にもらえるのかと思っていたりもしましたが、完走後にもらえるものは記録証と、ナイキのキャップと、ポカリスエットやバナナやチョコなどでした。
あと、ナイキのTシャツ。
これはかなり素材のいいものでしたね。
しかし、僕のはXLでした。
XLなんて、上着の上から着てもガボガボですよ…
ANAセールスの人に交換を申し出ましたが、「これは着るためのTシャツではなく、記念品ですからサイズは我慢してください」というわけのわからない理屈で却下されました。
まぁ、我慢しましたけど、ニューヨークでは皆さんその場で試着し、合うサイズを選んでおりましたよ。

・その他
小冊子が入っていました。
事前に公式サイトからPDFでダウンロードできたものと同じものです。
あともちろんゼッケンと安全ピンも。

レース当日の段取りを確認し、ホテル内のレストランで夕食をとりました。
ほんとは外に行きたかったのですが、オプションツアーの観光で渋滞のためにかなり押してしまい、時間が無かったので仕方なかったんですよね。
レース前日にお腹を壊すようなチャレンジをしたくなかったというのもありますが。

レース当日朝。
4:30起床し、5:00からの朝食へ。
ホテルの朝食は通常6:00からなのですが、ANAセールスがホテル側と交渉して、5時からあけてもらったそうです。
また、おにぎりと味噌汁も特別メニューとして追加。
この説明の際にANAセールスの担当者は「マラソン直前には炭水化物が良いとのことですので」という言葉をつけ添えて説明しておりましたが、だったら前夜にパスタパーティーでもやってくれるといいんですけどね。
前日夜の壮行会はゼッケンを渡すだけで、食事は一切振舞われませんでした。

6:00集合して、バスでオリンピックセンターへ移動。
渋滞してなかったので、思いのほか早く到着したのが不幸中の幸いでした。
スタート地点最寄りの場所でバスから降りるとの事前説明でしたが、バスを降りた場所、確かにスタート地点に直線距離では一番近いのですが、そこは公安によって封鎖されており通行不能。
つまりコースの一部なので、スタートするだけの一方通行。
公園入り口を経由してぐるっと裏から回ってこなければならず、2.5kmも歩きました。
結果的にいいウォーミングアップになりましたが、誰かキレてもおかしくない状況ですよ。

歩いてスタート地点に向かう道すがら、トイレやストレージを確認しましたが、仮設トイレの少なさに驚きました。
公園内に人はあまりおらず、もしかしたら競技場のスタンドに陣取っている人が多かったのかもしれません。
あまり周りを眺めたり、見て回ったりする時間的余裕も無く、早々に着替えて荷物を預け、スタート地点に向かいました。

スタート地点に着いてから、やっぱり大問題が不安になり、とりあえずトイレを探すも、仮設トイレは周辺にまったく無く途方にくれました。
来る途中に見た仮設トイレ群はかなり後方。
スタート時間は迫っているし、並ぶのは早いもの順なので、少しでもいい位置を確保したい。
でも異国の地で、レース中にトイレを探して放浪するのも嫌だし。
運よくツアーガイドを見つけたので、警備中の公安に聞いてもらうと、その先にもトイレがあるというので、列から離れてトイレを探しました。
なんと、献血車みたいなトイレ車を発見!!
無事ことなきをえましたよ。
ちなみに、中国のトイレは紙を流さないのですね…
拭いた後の紙は、脇のゴミ箱に…

そんなこんなで、体も軽く、帰り道に少し流しを入れながら再びスタート地点に戻りました。
もう大分並んでいるのですが、どれだけ頑張って前に行こうとしても、物理的な限界というものがあります。
男子エリートは8:00ちょうど、女子エリートと一般は8:15スタートです。
今になって考えると、これもおかしい。
普通、男女同時開催の場合は、女子を先にスタートさせます。
大体、持ちタイム順のスタートじゃないってのもおかしいんだけど・・・
前のほうには、でかい旗を持った人や、おなじTシャツを着た集団が陣取っていて、スタート直後の混乱を考えると頭が痛くなってきました。
ここまできたら、諦めて臨むしかありません。

そもそも、スタートの瞬間もわかりませんでした。
スタートラインを跨ぐまで47~8秒かかっただろうか、長かった・・・
周りはみんなテレビカメラに向かって両手を挙げて、お祭りムード。
頼む、ゆっくり映っていていいから、どいてくれ・・・という願いはむなしく、全然前には進めない。
やっと道路が広くなって、走れるようになったのは3km地点でした。
もう歩いている奴がちらほらいるし・・・、勘弁してくれ状態。
でもまぁ、今回は練習の一環だし、周りに振り回されず自分の内面だけに気持ちを集中して、一定ペースを淡々と刻んでいこう。

5km通過、21’07
5km通過のマットがあり、前半の混乱を考えても、まぁ悪くないペースで入っていることを確認。
ここからあげていく必要は無くて、今のペースがきっと4’00/kmくらいだから、そのまま維持して5km毎にペースを確認していこうと考えました。
だから、10km地点までは体感に頼って様子見。
オリンピック公園周辺は、建物一切無く、あちこち工事しているため、砂埃が酷い。
それを防ごうとして散水車が水を撒いた後があるんだけど、そのせいで道路が滑るの。
戦車が通ったり、滑走路として使用できるように道路が作られているため、硬いし滑るし。

15km通過、1:01’15 (LAP 40’08)
なんと、10km地点がわからない。
というか、10km地点に計測マットが敷いてないのですよ(驚愕)
給水はポカリスエットと水。
ポカリスエットは粉を水に溶かしたものではなく、ボトルから直接紙コップに注いでいましたから、少しは安心です。
が、水とポカリの区別がつきません。
水もポカリも全部、ポカリスエットのロゴが印刷された紙コップに入れられています。
給水テーブルの後ろに積んであるボトルを確認するしか、区別の手段はありません。
しかも、10個給水テーブルがあれば、ポカリのテーブルは1個くらいの割合。
ほとんどは水。
ケチるな~!!

25km通過、1:42’00 (LAP 40’45)
なんと、中間点もわからない。
もういいわ。
ハーフの人はどこでコースが別れたんだろう。
目の前にハーフのゼッケンの人がいるような気もするけど、気のせいだよね。
まぁいいかと思う22km地点。
沿道からは、「ジャーィヨッ(加油)」と時折声がかかりますが、概ねの方々はムスッと腕を組んで直立不動で見つめているだけ。
公安や人民兵の多いこと。
それでも例年よりは少ないと後で聞きましたが、全人代の警備に割かれたんでしょうかね。
沿道の応援の人たちとハイタッチと行きたいところですが、そういう習慣が無いようですね。
まったくそういう雰囲気にならないし、やっているところも見ませんでした。
子供はどの国に行っても元気ですけどね。

35km通過、2:21’45 (LAP 39’45)
後半はほんと、ずっと平らというか、むしろ緩やかなくだりがずっと続いているかと錯覚するほどでした。
調子が良かったからなのかなぁ。
手袋を外し、アームウォーマーもとりました。
ここから先はむしろ、ペースを上げていく気持ちで行かないと、2:50のラインはギリギリだと悟りました。
2:50を切れるか、切れないか。
それは、自分の気持ちが切れるか、切れないかにかかっています。
これを知ったのは、仙台国際ハーフマラソンであり、サロマ湖100kmマラソンでした。
両方とも、タイムの壁を前にして、最後まで心を折ることなく走りきった大会。
足もまだまだ軽い、余裕がある、今回だって、できるに決まっている。

40km通過、2:41’53 (LAP 20’08)
あと2.195kmの地点で2:41’50数秒を僕の時計は刻んでいました。
ここまで設定ペースの4’00/kmはほぼ守りきれている。
後半になっても落ちてないし、足もまだ残っている、呼吸もまだ大丈夫。
残り2.2kmを8分ちょいで走れば、50分は切れる。
3’40/kmで走れば大丈夫、俺なら走れるはずさ!
ここからは乱れる息も見てくれも気にせず、必死のラストスパート。

オリンピック公園に戻ってきて、競技場に向かって走っていると、ふと自分がオリンピックに出ているような、そんな錯覚にとらわれました。
競技場内からは、ロサンゼルスオリンピックのときのファンファーレが聴こえてきます。
僕が物心ついてから、記憶に残る初めてのオリンピックがロサンゼルスでした。
瀬古さんが敗れたあのオリンピック。
泣くしかないでしょう。
走りながら、涙が溢れましたよ。

マラソンゲートをくぐって競技場内、わけのわからない折り返しを回って、3コーナーから4コーナーにかかったあたりでサングラスを外し、もう一段ギアをあげて最後のスパート。
直線をぐんぐん加速し、両手を挙げてゴールを突っ切りました。
手元計測で2:50’00ちょうど(LAP 8’07)。
正確なグロスタイムは今でもわからずじまいですが、僕はこれで満足です。
自分に負けることなく、最後まで粘りきれた。
最後まで気持ちよく走りきれた。

ゴール後、帽子を貰い、荷物を受け取り、記録証を受け取り、ツアーの送迎バスまで歩きました。
陽射しが大分強くなっており、気温も上がってきていました。
もう少し涼しければ、もっともっと走りやすかったかもなぁ。
道路は確かに硬かったけど、他で言われていたほど荒れているわけでもなく、まぁ走るには問題なかったと思います。
空気が思ったよりも綺麗だったのは、どうやら全人代のために、周辺の工場などの排煙に規制がかかっていたためのようだという噂が聞えます。
恐るべし。

一足先にバスでホテルに帰り、風呂で疲れと汚れを落としてから、足つぼマッサージへ。
レースの後のマッサージ、いいですねぇ。
青島太平洋マラソンのときも、あらかじめ予約しておきましたが、これはいい習慣です。
70分たっぷり、全身と足をもんでもらいました。
日本向けの店だったので、値段は随分高いようでしたが(70分230元)、ツアーの一部の人にだけつく特典だったのでOKです。

そして、夜はニューオータニにて千葉ちゃんを囲んでの完走パーティー。
実は今回、僕の初フルである2005北海道マラソンのときの1111番のゼッケンを持参しており、これに千葉ちゃんのサインをいただいてまいりました。
千葉ちゃんに見せたら「あ、私が優勝した大会だ!」
そう、千葉ちゃんが優勝した大会で僕は初めてフルマラソンを走り、千葉ちゃんが引退した大会で、僕は千葉ちゃんのすぐ後にゴールしたんですよと、自分をアピールしてきました。
札幌国際ハーフでも一緒に走っているし、一番一緒に走っているのが千葉ちゃんですから。

大会の運営や、ツアーの企画、段取りなどにも大分不満が残りましたが、結果良ければ全てよし。
総じていい印象のまま、北京を後にし、寒い寒い札幌に戻ってきました。
すっかり風邪を引いてしまったようで、ここ数日は辛い日々です。
でも、今回の北京はあくまで練習の一環。
本番はつくばマラソンだと公言したとおりです。
去年は自己記録更新ラッシュが続きましたが、最後の最後、NYCマラソンで躓いてから、今までずっとスランプだったというか、良くない循環にはまってしまっていたように思います。
でもここに来てやっと、地道な練習が形になってきました。
まだまだ納得いく練習はできていませんが、練習ができるだけの下地はできてきたように感じます。
つくばも頑張りますが、僕の目標はもっともっと向こうにあり、そういう意味では、まだまだフルマラソンのための練習などひとつもできていないとさえ言えます。
まだまだ過程であり、息をつく暇など無いのでしょう。
納得のいく練習ができたとき、本当に納得のいく結果が自然とついてくるのではないかと。

堅苦しいことはさておき、1年に1回の楽しい海外マラソン。
残りは、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ボストン。
去年シカゴ、今年ベルリンに行ったるうじさんが、来年はロンドンと言っていますので、僕はボストンにしようかと企んでいます。
ちょうどボストンに親戚もいることだし。

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  1. らんらんらんなー
    2007 年 10 月 25 日 22:05 | #1

    北京からの葉書、本日いただきました。
    ありがとうございましたm(__)m
    そしてこちらがUPされていて・・嬉しく完走記読ませていただきました。
    お疲れ様でした。海外マラソンへの姿勢、素敵です。
    ただのウキウキではなく、そしてただの観光客でもなく。
    つくば応援に行きます!
    今年はわけあって応援団になってます。
    来月お目にかかりましょう♪

  2. 2007 年 10 月 27 日 07:55 | #2

    北京マラソンお疲れ様でした。
    いろいろあったようですが、結果的に楽しめたのはよかったですね。
    循環がよくなってきたところで、つくばでもいい走りをしてください。

  3. かずき
    2007 年 10 月 29 日 13:35 | #3

    >らんらんらんなーさん
    つくばでの再会楽しみにしています。
    >警告おやじ。さん
    いつもコメントありがとうございます。
    気負わないほうが、いい結果に繋がるようです。
    つくばも練習のつもりで、走ります。

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